2007年11月26日 (月)

神様とアトピーと私4

アトピー履歴シリーズの題を変更しました。

こっちのが、なんか合ってるかなぁ、と思って。



大学準備コースに入る直前、一番仲の良日本人の友達がいた。


彼女は、私と同じ時期にオーストラリアのウーロンゴンカレッジに留学してきて、同じクラスで一緒にしばらく学んだんだ。

彼女の、強さと、自分を持っている感が、すごくかっこいいと思っていた。

彼女はクリスチャンだった。


私は、やっぱりキリスト教とか、他の宗教は、特定の神様がいて、そういうのいまいち理解できないし、そういう特定の神様っていないと思っていた。

でも、漠然とした“神様”っていう存在は、なんとなくいるような気がしていた。

それは、やっぱり今までのことを振り返ってみて、何かが違っていたら、全然違う人生を歩んでいたのかとか、今の友達はいなかったのかとか、留学の夢も諦めかけていたのが半分かなったし、何か誰かすごい力をもった人か何かが、自分をさりげなく導いてくれているような気がしたから。


そういう話を彼女にしたとき、彼女は私に、“クリスチャン”って何なのか、神様ってどういう存在なのかを教えてくれた。

そのとき、私は初めて、イエス様について少しだけれど、ちゃんとした知識を得たような気がする。


大学準備コースが始まる直前に、彼女は帰国してしまったのだけれど、最後に彼女は手紙と一緒に、“心からの安心” と書かれた小さな本と、聖書の御言葉、

“あなた方の会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなた方を耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。”(1コリント10:13)

を与えてくれた。そして、“神様を信じれば、神様はちひろの側にいつもいてくれるからね” と言ってくれた。


大きな不安に包まれていた私に、この言葉は勇気を与えてくれた。イエス様はまだ信じられなかったけど、やっぱり神様はいるんだって思った。


それから、大学準備コースに入ったものの、あまりにも授業や課題が大変で、自分の限界を感じていた。

勉強しても勉強しても追いつけない。大学にいける保障がない。

自分の能力の限界と言うよりも、あまりにも先が見えない状態の中で、不安に押しつぶされていた。

最初の頃は、逃げ出すように、ナイトクラブに遊びに行ったり、むやみにオージーの友達を作ろうとして、頑張ってから回りしていた。

結局そんなことをしても、うまくいかず、いやな思い出しかできなかった。

毎日、日本の親に電話をかけて不安をぶちまける。

不安で、悲しくて、悔しくて、毎日泣いていた。


結局、大学準備コースは1学期でやめることにした。

自分にはまだ、そこでやっていけるだけの英語力がないと思ったし、もう少し英語を勉強してから、違う道で幼児教育系を勉強しようと思った。


辞めたあと、上のレベルの英語コースにまた入りなおすことにした。

新しい英語コースが始まるまで、1ヶ月ほど休みがあったので、日本に帰ることにした。

というか、かなりホームシックで、どうしても帰りたいと頼んで、親に帰国を許してもらった。


日本に一時帰国したときのアトピーの状態はかなり悪かった。

顔と首中赤くがさがさで、顔はところどころ汁が出てるところもあった。


だけど、日本にいる間、お風呂でゆっくり半身浴をしたりして汗をかいて、あと特に何もせず、ゆーったり過ごしたせいか、またオーストラリアに帰る頃にはだいぶ良くなっていた。


そして、オーストラリアで新しいく始まる英語コースと、また心気一転して始まる日々に期待を膨らませながら、また日本を旅立ちました。

つづく

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2007年11月22日 (木)

神様とアトピーと私3

アトピー履歴の続きです☆

でも今回は、あんまりアトピーと関係ないかも・・・笑

でも、私と神様との関係も大切に思ってるので、シェアしたいと思います。





日本で必死に留学するために英語の勉強をしていたわたしだったけど、英語の成績は思うように伸びず・・・


最後のチャンスで受けた試験は、なんと思いもかけず、前回の試験より点数が悪かった。


留学のために、日本の大学も受験せずに頑張っていたのに、ここでもう無理だなんて・・・


私はほとんど絶望の淵に立っていました。


今なら大げさかもって思うけど、この頃は日本から抜け出したい一心だったし、自分の夢が目の前から崩れ去った挫折感があまりにも大きかった。


2日ほど泣き喚いてすごした。


その後少し気持ちが落ち着いた私に、神様は一つの道を用意していてくれていたの。


この頃、まだ神様の存在は全然信じていなかったけど、それでも運命のようなものを感じた。


留学の夢は途絶えた、と思っていた私に、オーストラリアのウーロンゴンという町の大学のの大学準備コース(このコースに入るために英語を勉強していた)が、日本からの学生に奨学金をオファーしている、という情報がたまたま目に入ってきた。


その大学のことを少しネットで調べてみると、なんと日本にオフィスがあり、入学手続きなどの相談を、日本語で受け付けている、とのこと。


初めての留学、初めての海外だったので、ビザや学校の入学手続きは、留学エージェントに頼んでやってもらおうと思っていたが、日本語で手伝ってもらえるなら、自分でもできそうだと思った。


親も、エージェントに頼まなくてもいいなら、その分お金が浮くから(30万ほど。高っ!!)それを、現地の英語学校の授業料にあててもイイ、といってくれた。


現地の英語学校に行けば、英語も今よりは伸びるだろうって。
それでもだめだったら、1月までに英語の必要基準を満たせなかったら、そのときは諦めて日本に帰ってくる、という約束で、オーストラリア行きを許してもらえた!


奨学金にも、だめもとで応募してみた。結果が分かるのは日本を経った後だったのだが。


と、こんな感じで、急遽オーストラリア行きが、もともと考えていたよりも3ヶ月ほど早まったのです。


準備の忙しさと留学できる嬉しさや興奮で、ときたま自分のアトピーを忘れることもあったけど、やっぱり皮膚の不快感さはつねについてまわっていた。


しかも、結局オーストラリアに行きの日まで、アトピーの改善はあまり見られず・・・


しかし、オーストラリアという新しい、環境の違う場所に行けば、きっと良くなるのではないか。という期待を胸に、私は日本を旅立ちました。


しかし、機内の極度の空気の乾燥が原因か、窮屈で眠れない、飛行機での初の長旅のせいか、顔のアトピーは、逆に悪化・・・


しかし、始まったばかりのオーストラリアの生活は、とても楽しいものだった。


ホームステイの家族もイイ人達に恵まれ、学校でも色んな国の友達ができて、

英語あんまりしゃべれなかったし、ホストファミリーのしゃべってることも良く分からなかったけど、とりあえず楽しい毎日を過ごしていた。


なぜだか、1ヵ月後ぐらいには背中のじくじくしたアトピーが治っていた。

ホームステイで、めんどくさかったせいもあって、背中に木酢を吹き付けたりするケアをやめてしまったのが逆に良かったのか、原因は良く分からない。


顔は相変わらずで、たまにじくじく汁がでることもあった。

だけど、ただ木酢の化粧水と保湿ジェルのスキンケアだけで頑張っていた。


オーストラリアでは、花粉症もだいぶましになったのも良かったし、とりあえず毎日エンジョイしてた。


絶対にテストに落ちてはいけないっていう勉強のプレッシャーはあったけど。


それでも、自分なりに頑張って、3ヵ月後に英語コースはトップの成績で卒業した。


2月から始まる、大学準備コースに入ることができたのだ。


しかも嬉しいことに、大学準備コースの一学期分の奨学金をゲットしたのだ!!

この奨学金は返済しなくていいもの。だから1学期分タダでいけるのだ。


しかし、このコースは普通にオーストラリア人も通うコース。

オーストラリアでは、高校の時点で、日本の大学一年でやるような一般教養をすでに勉強しているので、大学のコースは大抵3年間である。

だから、日本で高校しか卒業していない学生は、一般教養をまだ習っていないので、大抵はこの大学準備コースに入る。

オーストラリア人は、高校最後に受けるHSCというテストで、その大学に入れるだけの点数を取れなかった場合、このコースに入ったりする。


だから現地の学生もいっぱいなのだ。

今まで、留学生ばかりだった英語コースとは全然違う。


オリエンテーションの時点で、かなりビビッた・・・


オージーがいっぱい・・・


友達できるのかな・・・???


授業についていけるのかな・・・???



大きな不安に包まれ、がさがさアトピー顔から笑顔がしぼんでいった。

つづく

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2007年11月 9日 (金)

神様とアトピーと私2

私の、“アトピー履歴1” の続きです。 

1を読んでない人は、下の記事を読んでね。






医者が信用できなくなった私だけど、アトピーは治したい。

だけど、どうしたら治るんだ!?


ひたすら、本屋でアトピーの治療法などが書かれた本を立ち読みしたりた。

手作り化粧水、とかも試してみた。


地元の広告に載っていた、青みかんのタブレット、というのも試してみた。


とにかく、アトピーに効く、といわれたら、試してみたくなった。

甘いものもやめた。


遠くまで、漢方の医者に行ってみて、煎じる薬をもらって2,3ヶ月続けたが、あまりにも高いのと、最初の一ヶ月はほんの少し改善したが、その後は全然変化がなかったのでやめた。


全部、気休めにしかならなかった。


同じ時期に、花粉症から顔にアトピーの症状が出始めた友達がいた。

夏休みに、久しぶりにその子に会うと、ずいぶんと良くなっていたので、どうしたのか効くと、木酢を使い始めたという。

早速私も購入して使い始めた。

木酢の入浴剤、化粧水、そして保湿ジェル。


説明書には、入浴一日3回以上、一回30分以上が望ましく、化粧水たちもそのつど使うように、と書かれていた。


私は、一日も三回も入浴できなかったが、休みの日はできるだけ2回入るようにした。 それでも平日はたいてい1回だけ。

でも、ゆっくりとお湯に浸かって。


それを始めて、3週間ほどで、ひざ裏のアトピーの症状はほとんど改善した。

それで、効いていそうだと思い、使い続けることに。


4ヶ月ほどで、体のほかの部分の症状も、驚くほど改善した。

ジュクジュクした皮膚の部分が、ほとんどなくなった。

顔もほとんど治ったような感じだった。

後は、首やひじの内側がすこしまだがさがさしてる部分があったぐらい。


このまま完璧に治っちゃうのかと思った。


だけど、アトピーはなかなかの頑固者だった。


高校生活も終わりに近づいた頃、レストランでバイトを始めた。

初めてのバイト。

慣れないなかで、頑張った。


だけど、人間関係があまり良くなくて辛く、1ヶ月ほどで辞めようとした。

でも、母や店長に慰められ、続けることに。


しかし、初めてのバイトで、人間関係でのストレスも大きかったし、ピーク時、ほとんど走り回るような忙しさのため、汗をかいたのが、だめだった。


すぐに、汗をかいた箇所が痒くなり、首や関節のアトピーが悪化。


結局バイトは、3ヶ月で辞めることに。


その後も、木酢は使い続けたものの、一度再び悪化したらなかなか良くならない。。。


さらに、背中のブラジャーのひもがあたる部分が、じくじくし始め、あっという間にひどい状態に。


それでも、顔がじくじくしなくなったのは(赤く、かさかさはまだあったが)、大きな開放だった気がする。

顔からにじみ出る汁が、皮膚の上で固まりバリバリになって、つねに顔が痛い状態は、かなり辛い。

高校卒業後は、英会話学校に週2で通いながら、独自で留学のため英語の勉強に励んでいた。

だから、いろんな人に会う機会も、結構減った。

それはそれで、良かったのかもしれない。


その頃、私は日本が大嫌いで、早く日本から抜け出したかった。

海外っていう外の世界を見てみたくて、すごく憧れていた。


だけど、同時に、アトピーで海外に行って、アトピーの治療はどうなるのだろう。。。という不安も募っていたのは、確かだけど。


とにかく、私は、アトピーは木酢を使い続ければまた良くなる、と変な信仰をもちながら、アトピーと闘い、日本を抜け出す、という夢に向かって頑張っていた。

つづく

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2007年11月 8日 (木)

神様とアトピーと私1

今日は、今、実習をしている幼稚園に行って、来週一週間遂行する、私が書いたプログラムをスタッフの人にも見てもらいうための、ミーティングに行ってきました。

OKでてよかった☆

あとは、今週中に教材をそろえて、来週一週間で最後の実習が終わります!!

頑張るぞ~~~!!




今日から少しずつ、私のアトピー履歴を載せていきます☆




・・・・・・・・・・・・・・↓↓↓↓↓↓↓・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

赤ちゃんの時も、アトピーだったそうだ。

そんなの覚えてないし、少し成長したら、治っちゃったみたい。


小学校のころ、よくあせもができた。

でも夏が終わるとすぐ治った。


中学校のとき、“アレルギー性結膜炎” と診断され、目薬と一緒に軟膏も処方された。

なんで塗り薬?

と思ったら、目の周りが少し、かさかさしてたからだそうだ。


高校入りたてのころ、あごがやけにかさかさして、皮がむけ始めた。

そこで、薬局で塗り薬をもらったら、それですぐ治った。


だけど、しばらくすると、またあごの皮がむけたり、目の周りがかさかさしてくるので、また薬を塗る、という感じだった。


その薬が、ステロイド、という薬で、良くない副作用のある薬だとは、しばらく経ってから初めて知った。


高校2年生の冬、なかなか治らない3つほどのニキビに、痺れをきらして、皮膚科に行くことにした。

早くニキビ治さなきゃ。病院行けばすぐ治るはず。と思ったから。


そこで処方されたのは、殺菌作用のある塗り薬と、ニキビのばい菌を殺すための飲み薬の抗生物質。


しかし、ニキビは頑固でいっこうに治らない。

病院でまた同じ薬をもらう。



なんだか、だんだん目やあごに塗る薬の回数が増えてきた。



そして・・・・




なにかが爆発した。




まず、薬を塗っても、あんまり効かなくなった。毎日塗らなきゃいけなくなった。

そして毎日塗っても足りなくなった。


おでこが、たんこぶができたみたいに腫れた。

かゆくて、そっこから汁が出始めた。

たんこぶは、しばらくしたら引いたけど、

すぐに頬もただれ始めた。


そんな中、ステロイドの怖さを知り、塗っても効き目がなくなってきた薬が怖くなり、ステロイドをやめることに。


しかし、ステロイドやめたリバウンドなのか、症状は体中に広がった。

ひじやひざの内側も、じくじくで掻き傷だらけ。


首も、がっさがさのボロボロになった。

掻きすぎて、皮膚がむきだしになったみたいで、ひりひりじくじくになった。

その後は、乾いて突っ張った皮膚が張る。

でも乾燥しすぎてるから、ぱりぱりひびが入って、ぽろぽろ皮がむける。

皮膚がうろこみたいな模様になって、気持ち悪くて見れなかった。


体中かゆくて、痛い。

掻くから、なかなか眠れない。

寝てるうちに、無意識にかきむしるから、手袋をはめて寝ることにした。

でも、手袋の上から掻くから、あまり意味がない。

朝には、手袋に血がついていた。


次は、靴下にタオルを入れて、それをはめて寝てみた。そしたらつめを立てれないから。

そしたら、無意識にはずしてかきむしってた。


最後は、手を縛って寝るしかなかった。

でも、そんな状態で眠れるわけがない。


毎朝、起きると、ベッドのシーツに、はがれた皮が大量に落ちていた。

汚い!って自分で思い、毎朝掃除。


ゴミ箱に捨てる皮を見て、このごみバケツが何倍もいっぱいになるほど、これからも皮がむけるんだろうと思った。

ぞっとした。


それでも、毎日学校には行っていた。

高校は、楽しかった。

友達は誰も、急に変わった私の皮膚のことを聞いてこなかった。

いつもと同じように接してくれた。


それでも、自分が気持ち悪いと思う皮膚は、見られたくなかった。

だけど、顔は隠しようがない。


首や腕の関節を動かすたびに、皮膚が伸びたり縮んだりで、痛い。

首が回せない。

顔中ひりひり痛い。


ついに、ある日学校を休んだ。

もう、痒くて、痛くて、辛くて、疲れたからだ。



医者が処方した、抗生物質を呑み始めて、急にひどい症状が出始めた私は、もう二度と医者を信用するものか、と思った。

今では、、もう怒りはないけれど、やっぱりなるべく医者に掛かりたくはないし、薬もなるべく控えたい、と思っている。


抗生物質のことを、後で調べてみた。

抗生物質は、ばい菌を殺すためのものだけど、それは良い菌も悪い菌も一緒に殺してしまう。

だから、腸内に必要な良い菌(ビフィズス菌とか)がいなくなって、腸の調子が狂う。

そして、腸内の異常は、皮膚の異常として出やすいそうだ。


医者は、薬のことについてもっと知るべきだと思う。

知っていたなら、ちゃんと患者に説明する義務があると思う。


ステロイドの副作用だって、医者は一回も教えてくれなかったし(だから適当に使い続けたし)、抗生物質だって知らずに飲み続けた。


おでこにたんこぶができて、汁が出始め、広がっていき、それから、素人の患者である私は、なにか抗生物質が関係してるんじゃないかと、初めて疑って、薬をやめた。



高校生でアトピーの症状が顔と首、体中にひどく出てしまったにもかかわらず、“絶対に治る!” という気持ちでいられたのは、今思えば、本当に神様が支えてくれていたのかもしれない。

そのときは、神様のことは何も知らなかったし、

“どうして私なんだろう・・・・・”

という気持ちでいっぱいだったのも、確かだけど。



続く

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